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日記

8月6日は原爆の日 戦争について想う事

原爆記念日に広島へ各国の要人があつまる。

広島の原爆が落ち、一瞬のうちに10万人もの犠牲者がでたといわれている。戦争を経験したことのない世代にとってこの広島の原爆、長崎の原爆、太平洋戦争、その後の日本とアメリカについて、「主観的記事」書いていきたいとおもう。

あくまでも一私人の戯言ですので。

米国では「原子力爆弾」は戦争を終えるために無くてはならないものと教育される

教育は「洗脳」だ、と言い切るかたがいる。私も賛成します。

アメリカの歴史教育はどの州も大きな隔たりはなく「原子力爆弾は戦争を終えるための必要悪であった」と教えている。先生のつたえかたもあるだろうが、私が30年以上前にアメリカで教育を受けたときは、このように教えられた。

日本人として、そしてティーンだった自分にとっては、説明のつかない「憤り」のようなものを感じたのを記憶している。

周囲の子供たちの反応は特におぼえておらず、自問自答していたことしか記憶がない。それだけ感情的になっている自分がいたのかもしれない。

高校時代の友人が海兵隊にいって目の色が変わってかえってきた

私は中学からアメリカ東海岸で教育を受け、引っ越しの関係で公立の中高を転々としった。

高校2年生のときだったか、2つ上の先輩が海兵隊に志願して「国のために戦うんだ」と勢い込んで、サウスキャロライナ州沖の「パリスアイランド」へトレーニングを受けにいった。

皆さんご存じだろうか、この海兵隊のトレーニングのすごさを。

名匠スタンリー・キューブリック監督の名作である「フルメタル・ジャケット」の前半部分はかの地獄のトレーニングを描いたものである。

海兵隊の役割は戦場の第一線に送られる部隊である。アメリカ軍は他にも陸軍、空軍、海軍とあるが、大変失礼な言い方をすると、海兵隊員の大部分は低所得で教育レベルの低い地域に生まれ育った若者が所属していることが統計的に多い。

空軍や海軍などに属する兵士たちは学歴もよく、軍上がりのファミリーに生まれたエリート揃いというイメージが強い。

海兵隊の訓練を受けて返ってきた先輩に再会したときに、大変ショックを受けたことを思い出す。彼はかなり明るい性格で、いつも笑顔が絶えないラテン系の方だった。

しかし、戻ってきた彼は目がつり上がり、殺気立っているというか、異様なエネルギーを放っており、目が魚のように死んでいるという印象が強かった。人が変わるというのはこういうことか、とまだ10代だった自分にはただただショックであった。

たった10週間のトレーニングを受けた人間が、「殺し屋」になって戻ってくる。訓練は「戦争マシン」(War Machine)を作る場所だ、と映画でも伝えているが、キューブリック作品をみるたびに、先輩のことを思い出す。

先輩が軍に所属したことは知っているが、その後どうなったかは知らない。時期的には第一・第二湾岸戦争が始まる前なので、戦前へいった可能性は高い。

広島、長崎を経験した日本の在り方とは?

広島に爆弾が落とされ、戦争に負けた。

爆弾を落とした国と安保条約を結び、戦後は属国のような扱いを受けながら復興にあたった。戦争が終わって70年以上経った今、日本はどういうスタンスで国際社会に存在しているだろうか。

「明確ではない」というのが答えじゃないだろうか、ざっくりだが。

軍はもたない(自衛隊はどうみても軍だが)、核保有はしない、しかし核保有国に守られ同盟を結んでいる。必要とあらば「自衛隊」が出動する。憲法の曖昧なところをついて、現政権は結構好き勝手な解釈で物を言っている。

様々な意見があるだろうし、私は別にどうあってもかまわないと想っている。無責任ではなくて、あるいみどうでもいいので。ただ、ポリシーがハッキリしないこと、国の政治が常に不透明なことだけは、どうしても許せないという気持ちがある。

国としてどうしたいの?と質問をしても一貫した答えがかえってこないのは非常に残念だ。

世界に対してどういうスタンスで居るのか、とハッキリ言うことができない、態度で示すことができないのは情けない限り。原爆を落とされた歴史上世界で唯一の国として、ハッキリとしたビジョンを掲げていただきたいと切に願う。

結局、金儲けまみれの甘い汁を吸うおじさんたちのために政治が動いているようにしか見えないのは遺憾である。

はっきりいっておきたいのは、私は左翼でも右翼でもなんでもない。

ただただ、世界平和を願っているだけ。穏やかな暮らしと私の子供がこの先、この村社会の中でつらい思いをしないように尽力するが、国の在り方は無視できることではない。

ほんと少しでいいから、政治家たちがまじめに働くことを願う。

上面だけの歯の浮くようなだまし文句はもういから、仕事をしろ。といいたいだけです。

アメリカは以前から混沌としている

現大統領が選ばれる以前から、アメリカは混迷を極めているとおもわれる。左翼が極端な形でメディアの中ではびこっているのも問題だし、汚職や疑惑だらけのヒラリークリントンが民主党候補になってしまうほどの人材不足は否めない。

女性大統領を渇望した国民の気持ちは良く分かる。しかし、その理由一つだけで、あの立場を与えるのはいかがなものか。民主党候補の対抗馬だったサンダース議員は年齢と健康状態を理由に降りたが、10年早ければと思わず「たられば」をいってしまうほど惜しい人材だった。

いずれにしても、現大統領を人の話を暴君と考えるか、無神経なただのお馬鹿さんと捉えるか、それとも、どんな手段を使っても有言実行をするやり手ビジネスマン(やり手かどうかはまた違った価値判断があるが)と捉えるか大変むつかしいところだが、左翼の人たちからみたら「ありえない価値観をもった卑劣な人物」と考えているでしょう。

右翼の人たちはどうなんだろうか。共和党員でトランプ支持!とでかい声で叫んでいる人はそう居ないような気もするが。

こんなわけのわからない予測不可能な政権がこの先3年半(最低でも)は世界的に影響力のある国を動かすのだから、周囲はたまったもんじゃない。

日本の政権も気苦労が大変だろう。

北朝鮮問題、世界的な移民問題、IS問題、世界経済問題などあげればきりがないが現在のアメリカと折り合いながら政治をするのは大変難しいのではと推察する。

だからこそ、日本のスタンスをハッキリとさせることから始めれば良いのだが、、、のらりくらり、後だしじゃんけんはもう止めてほしいものです。

戦争について

人は何故争うのか。何故、国同士は戦争をするのか。

人類が存在してからというもの、いや、もっといえば動物がこの地球上に存在してからというものじゃくにく弱肉強食の世界では強い物が生き残る。

人間も世界でも同じらしく、強いものが勝つような仕組みになっているようだ。

でもね、

どうして戦争なんてするの?と息子に聞かれることが何れおきるはずなんだが、その時におやじとしてどう答えるのか、と悩むわけです。

はっきりと伝えられるのは、

いかなる時でも、ひとを傷つけてはいけない、とうこと。

戦争は人をかえてしまう。人生をおかしくしてしまう。争いごとはやめよう。

ただ、普通にお互いに思いやりをもって、配慮して、違いを受け入れて、共存していく事ってそんなに難しいのだろうか。

何故、奪い合ったり、ねたんだり、傷つけ合ったりするんだろうっておもいます。

私は戦争のある世の中は認められない。

人間が進化していく中で「戦争をしない」「武力をつかわない」で「話し合いで穏やかに解決をする」方法を、発展させていくべきだとおもいます。

当たり前のことしか言ってませんが、共感してくださる人たちが一人で多ければうれしいです。

読んでいただいてありがとうございました。

 

1945年8月6日そして8月9日、広島と長崎で被爆し犠牲になった方々へ合掌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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